小林裕和
(株)グリーン・インサイト・代表取締役/静岡県立大学・名誉教授・客員教授
子供たちにお日様の絵を描いてもらうと、日本や欧米の子供は黄色が多い。これらの国々では、絵本が翻訳されて共有されていることも影響している。ただし、欧米のお日様には、目、鼻、口が付いていることも少なくない。一方、インド、中東、アフリカの子供たちは、赤かオレンジ色で描く。これは灼熱の太陽のイメージだと思われる。太陽の光は、青色から赤色まで光のスペクトルに分解できる。自然現象ではそれは 「虹」 として観察される。これらの光の中で、植物は緑色を利用せず、青色や赤色の光を利用する。赤色の中では、波長680 nmの光と700 nmの光を識別している。青色はエネルギーとして大きい。赤色光の方は、水中でより深くまで透過する。太陽光のエネルギーを生物が使える形に変換する機構を 「光合成」 と呼ぶが、初期の光合成生物は細菌として海水中にいた。したがって、赤色光を利用する方向に進化したのではないかと思われる。一方、地球は自転しており、朝と夕に太陽光は地球の大気層を斜めに通過するために、地表に到達するまでの大気圏通過距離が長い。大気中における透過性も赤色光の方が優れているため、朝焼けや夕焼けとしてヒトの目に映る。
「光合成」 発見の歴史は興味深い。イギリスの化学者 (聖職者) ジョセフ・プリーストリー (1733年〜1804年) は、1771年、葉の付いたミントの枝を水に挿し、ガラスの閉鎖容器中で太陽光が当たるところに数ヶ月置いた。その後、その容器中でろうそくはよく燃えた。これが燃え尽きた後、再びミントを入れ10日間太陽光に当てたところ、その容器中でろうそくはよく燃えた。この実験を10回程度繰り返し、すべて同一の結果を得た。ろうそくが燃えた後の空気を2つに分け、一方のガラス容器にはミントを置き、他方はミントを入れずに同一条件に置いた。前者ではろうそくが燃え、後者では燃えなかった。また、ミントを入れ太陽光処理に付した密閉容器中では、ハツカネズミも元気だった。これが光合成による酸素生成の発見と言われている。1950年代、アメリカ合衆国の植物生理学者ロバート・エマーソン (1903年〜1959年) は、当時開発された光の回折格子を用い、各種波長の光を緑藻に照射した。650 nmと700 nmの光の単独照射に対し、同一光度エネルギーとしてこれらを同時照射すると、光合成効率が格段に向上した。これは 「エマーソン効果」 と呼ばれ、680 nmと700 nmに吸収特性を持つそれぞれ光化学系II (PS II) と光化学系I (PS I) の発見として、現在に知られる。光合成イオウ細菌のような原始的な光合成細菌では、このような効果は観察されず、PS Iのみを有する。光化学系を2つ持つことにより、多くのプロトン (H+) を輸送でき、その結果エネルギー物質であるATPをたくさん生産できる。また、結果論であるが、PS IIにおいて、水から酸素が生成されたため、ヒトのような酸素を必要とする生物が地球上で生きていけるようになった。
以上の話から問題点に気付かれるであろうか。朝焼けや夕焼け時には、680 nmに比べて700 nmの光が強くなる。そうするとPS IIとPS Iによる駆動力にアンバランスが生じる。その結果、一重項酸素という毒性物質が生産される。これを防ぐために、植物は、PS IIとPS Iが駆動力として1対1に働くような制御系を獲得した。植物のモデルとして世界中で最も研究されているシロイヌナズナを用い、私たちはこの制御機構を発見した。シロイヌナズナは、アブラナ科植物でありこれは地中海を起原とする。その仕組みとして、PS IIとPS Iの間に両方の駆動力を感知するプラストキノンと呼ばれる分子があり、これが酸化型か還元型かで、PS Iを構成する部品タンパク質の生産が、遺伝子発現のレベルで制御されている。これは遺伝子発現の制御系であるため、この機構を使えば、植物を用いたバイオ医薬品生産などで、生産の開始を制御できる。これを 「光スイッチ」 と名付け、現在事業化に活用している。
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